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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)8459号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

渡辺和恵

青木秀篤

被告

乙川太郎

右訴訟代理人弁護士

石井義人

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成六年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成六年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、大阪市立×中学校(以下「×中学校」という。)の英語教諭であり、被告は、同中学校の英語教諭をしていた者である。

2  被告の責任

(一)(1) 被告は、平成五年六月二四日午前一〇時ころ、×中学校の職員室において、七、八名の教師が在室するなかで、Cに対し、甲野さんには気をつけなあきませんよ。他人にどんどん仕事を振ってくる。信用できんからな。」と発言した。

(2) 被告は、平成五年八月二七日ころ、大阪市立△小学校において行われた大阪市内に配属される英語指導助手(以下「ALT」という。) との対面式で、×中学校に配属予定のBに対し、原告について「自分の仕事を他入に押しつける。」、「多くのALTが彼女とトラブルを起こしている。」などと説明し、さらにBが×中学校に着任してからも、毎日のように原告のことを信用できないと繰り返し話した。

(3) 被告は、平成五年一〇月ころ、×中学校の職員室において、他の教師が在室するなかで、Bに対し、誰でも理解ができる簡単な英語で「彼女は、欲求不満で、それで生徒につらくあたる。」と話した。

(4) 被告は、平成六年月初旬、×中学校の新年会において、他の教師が集まっているなかで、売春や白人女性と日本人女性のセックスが話題となった際、Bに対し、簡単な英語で、原告について「彼女に男さえいれば、性的に満たされるのに。」などと話した。

(5) 被告は、平成五年から平成六年にかけて、原被告の日本英語教育学会における活動の上司的立場にあったAに対し、原告について、「校長に泣いて時間割りを変更させたり、勝手気ままに目立つ仕事だけをする。仕事を手に入れるためには女の武器を使う。プッシー作戦だ。信用できないずるい人だ。」などと原告が無責任な人物であると話したり、また、そのためには女性であることを利用しているが如く話した。

(二) 被告の右各行為は、(1) 原告の学校内、英語学会内等における就労及び活動の環境・条件を悪化させ、原告を精神的に追い詰め、原告の就労及び活動意欲を萎縮させ、原告を迫害する目的で繰り返された嫌がらせ、苛めで、人格権を侵害するものであり、②仮にそうでないとしても、原告の名誉及び信用を殿損するものであるから、被告は、原告に対し、民法七〇九条により、その被った損害を賠償する責任がある。

3  損害

原告は被告の前記各行為により多大な精神的苦痛を被った。これを慰謝するには一〇〇万円が相当である。

4  よって、原告は、被告に対し、民法七〇九条に基づき(主位的には嫌がらせ、苛めを理由として、予備的には名誉及び信用殿損を理由として)、慰謝料一〇〇万円及びこれに対する不法行為後である平成六年八月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)(1)の事実は否認する。

(二) 請求原因2(一)(2)の事実のうち、被告が、平成五年八月二七日ころ、大阪市立△小学校において行われた大阪市内に配属されるALTとの対面式で、×中学校に配属予定のBと会ったことは認め、その余は否認する。

(三) 請求原因2(一)(3)の事実は否認する。

(四)  請求原因2(一)(4) の事実のうち、平成六年一月初旬に新年会が行われたことは認め、その余は否認する。

(五)  請求原因2(一)(5)の事実は否認する。

3  請求原因2(二)は争う。

職場において、同僚間で、仕事の配点、偏在等について意見を述べることは何ら違法なことではない。

また、民法七二三条の「名誉」とは、各人の人格的価値について社会から受ける客観的評価、すなわち社会的名声を意味し、自己自身の人格的価値に対して有する主観的な評価である名誉感情を含まないと解されるところ、原告が、被告において述べたと主張する各事実は、真実あるいは×中学校内等において教師である原告に対する評価として定着していたものにすぎないから、原告の客観的な評価あるいは社会的名声を侵害する性質のものではない。

4  請求原因3 の事実は否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1 (当事者) について請求原因1 の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2 (被告の責任) について

前記争いのない事実に、(証拠省略)を合わせれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、平成三年四月から×中学校の英語教諭をしており、被告は、平成二年四月から平成八年四月まで同中学校の英語教諭をしていた。

2  ×中学校は、大阪市の国際理解推進研究指定校であるところ、原被告両名とも、同中学校に赴任する前から、大阪市中学校教育研究会外国語部(以下「外国語部」という。) の専門委員の委嘱を受けていた。

なお、大阪市では、国際理解教育に資するため、昭和六二年から、ALTの制度を導入しており、外国人ALTが×中学校にも派遣されていた。

3  ×中学校においては、原告が赴任する前は、国際理解教育は被告が中心となって実行されていたが、平成三年四月に原告が同中学校に着任した後は、原告が、国際交流委員会の主任担当者に指名され、同中学校の国際理解教育は、原告が中心となって行なわれるようになった。

また、原告は、そのころから、外国語部の研究会においても発表を行うなど、目立った活動を行うようになった。

4  A は、平成四年当時かち、日本英語教育学会関西支部の運営委貝や全国的な英語教育団体の役員、中学校英語教科書の著者を務めるなど、英語教育関係において全国的に著名な教師であり、若手教師に対し、研究論文の指導及び発表の場の提供等の世話をしていた。

Aは、前記外国語部においても、原被告の先輩的立場にあったが、被告の大学の先輩であったことから被告とは特に親密な関係にあったところ、原告が×中学校に赴任し、被告から紹介された後は、原告に対しても、直接的な指導・援助を行うようになった。

5  原告は、その後も、×中学校内にとどまらず、対外的な研究発表等の活動を行い、平成四年には、日本英語教育学会関西支部主催のシンポジウムで、平成五年には、教育改善懇談会主催の英語授業研究会全国大会改善フォーラムでいずれも教育実践を発表し、平成六年には、「リーディングの指導」と題する論文が中村英語教育賞四位に入選し、平成七年には、日本英語教育学会関西支部主催の総合研究大会の中学校部門のパネリストに選出されるなどした。

また、原告は、平成四年度には、大阪市立学校教科用図書選定委員会地区調査委員の委嘱を受け、平成五年七月から九月にかけては、文部省主催の中学校高等学校英語担当教員海外研修貝に選出されてイギリスに派遣された。さらに、原告は、平成五年及び平成六年には、×中学校の国際理解教育推進委員長に選任された。

以上のような状況のもと、被告は、原告に対し、だんだん嫉みを持つようになっていった。

6  そのころから、被告は、A に対し、通勤電車の中や飲み屋などで、「原告は気が強く、強情かつわがままであり、目上の男性に対しては、自分の思いどおりにならないと、涙を流してみせたりし、実際に英語科の教科会で決まったことを、校長に陳情し、自分に有利なように変更させた。」、「しんどい仕事は他人に押しつける。」、「平気でうそをつく。自分の望みを達成するためには女の武器を使う。」、「生徒に憎まれているため、所有する自動車に傷を付けられた。その件に関し、学年主任に夜遅くまでぐたぐた電話をした。」、「生徒が暴れたときには、収まるのを待ってから止めに入り、ちょっと生徒の手か足があたったからと言って、腰を痛めたなどと理由を付け、他の教師が生徒指導でしんどいめをしているのに、平気で休む。」、「セクハラをされたといって勝手に騒いでいる。やってもらわれへんからフラストレーションを起こしてあたるんやなどと仲間内で話している。」、「自分の我をとおしてALTと大喧嘩をした。ALTから総スカンである。」、「英語は確かに上手にしゃべるけど、英語教育のことはなにも知らない。教科会できっちり理論的に説明してみせたら、なにもよう言わないでカッカしていた。」などと、くり返し話すようになった。

7  被告は、平成五年六月二四日午前一〇時ころ、×中学校の職員室において、七、八名の教師が在室するなかで、英語担当のCに対し、「甲野さんには気をつけなあきませんよ。他人にどんどん仕事を振ってくる。信用できんからな。」と話した。

原告は、被告の右発言を聞きつけ、教頭のD に対し、善処方を要請し、Dは、原告の申出に応じて、Aに仲裁を依頼した。A の仲裁により、被告は、原告に対し、右発言について謝罪した。

8  被告は、平成五年八月二七日ころ、大阪市立△小学校において行われた大阪市内に配属されるALT との対面式で、×中学校に配属予定のBに対し、原告について、「一緒に仕事をしていくのがなかなか難しい人で、ALT には好かれていない、もし何か問題があれば自分のところに相談にくるように。」などと説明したほか、Bが×中学校に赴任した後、原告がイギリスに留学している間には、「甲野先生がいないから、あなたが余分な仕事をしなければならない、ご苦労さんですね。」、「甲野先生はあまり評判がよくない。甲野先生は生徒に好かれていないので、授業を楽しむことはできないだろう。」などと、また、原告がイギリス留学から帰国した後も、「甲野先生は英語を話すのはうまいかも知れないが、教師としてはあまりいい先生ではない。」、「甲野先生はデートができるように男性のALTを好んでいるんだ。」などと繰り返し話した。

また、被告は、平成五年一〇月ころ、×中学校の職員室において、他の教師が在室するなかで、Bに対し、誰にでも理解できる簡単な英語で、「彼女が生徒に厳しく当たっているのは、性的に不満があるからだ。」と話した。Bは、右発言に驚いたが、事前に原告以外の女性教師から、このようなことが起こった場合にも、巻込まれないように知らん振りをしているように助言を受けていたため、これを無視した。

さらに、被告は、平成六年一月初旬、新年会の二次会におけるカラオケボックス内において、同僚教師が集まっているなかで、売春や白人女性、黒人女性および日本人女性のセックスが話題となった際、Bに対し、簡単な英語で、原告について、「彼女に男さえいれば、性的に満たされるのに。」などと話した。

9  原告は、平成六年四月ころ、当時の×中学校の校長であったEから兵庫教育大学大学院の受験について推薦の打診を受けたが、以上のような状況のもとで、被告とのトラブルの解決のために取引をしたと噂されることを恐れてこれを辞退した。

10  被告が、平成八年四月、× 中学校から転勤することとなったため、その後は、原告に対する噂がされることは少なくなっていった。

〈証拠省略〉中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告は、原告を嫉み、平成五年六月から平成六年にかけて、誹誘中傷する発言を繰り返していたものと認められ、右被告の行為は、原告に対する嫌がらせ、苛めと評価することができ、原告の人格権を侵害するものというべきであるから、不法行為に該当する。

三  請求原因3 (損害) について

本件不法行為の内容、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、慰謝料額は五〇万円が相当であると認められる。

四  結語 以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、五〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成六年八月三一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大谷正治 裁判官山下寛 裁判官新田和憲)

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